はいさい!
うちなーんちゅは、やっぱりこの挨拶からはじまりますね。
そして、このあいさつを一言、口から発するだけで、すぐに心が打ち解けてしまうから不思議です。
一息で発する事のできる軽いリズムの挨拶は、楽天的で親しみやすい文化を反映しているのかもしれません。オーラ!とか、アローハー! とかね。そして、それは相手と距離を置くよりも、相手に手放しで自分から歩み寄る要素を含んでいる気もします。そう考えると、やっぱり沖縄に生まれて、「でーじ幸せやっさー」と思います。
はいさい!最近どんなねぇー?
から始まって、集まって飲み始めると三線片手に歌いだすとか、カチャーシーとか、笑いがたえないとか、そんな楽天性が沖縄の最大の宝の一つでもありますよね。そしてそれは、世界中、どこにいってもそうだと思います。
京都に住んでほぼ二年が経ちますが、そう遠くはない大阪へたまに行く機会があります。一度、「メキシカン・フェスティバル」なるものがあり、梅田スカイビルに友人と見に行きました。その友人の友人がペルー出身で、大阪に長く在住している方で、ブースを出していました。メキシカンじゃなかったの?というクエスチョンマークはさて置き、フェスティバルを楽しみました。もちろん、メキシコ料理、コロナ・ビール、マリアッチそして民芸品などメキシコの物が主体でしたが、ヒスパニックだし、まぁいいかという感じです。
そのペルー出身の友人の友人がブースに居たのですが、あいさつをして僕が沖縄出身としると、「大阪に沖縄の人の知り合いが何人か居るけど、皆すごく陽気で、音楽好きで、すぐ踊る、たのしい人たちだ」、と話しかけてくれました。ここで、僕が三線をさっととりだし、すぐに歌って踊れれば、僕のうちなーんちゅとしての自負心と彼の好奇心は、さらになみなみと満たされるわけですが、おとなしいうちなーんちゅである僕は、「えっ、そうですか? そうそう、沖縄の人はどこにいっても、すぐ歌っておどる楽しい性格なんですよ。それを聞くとうれしいねー。」と満面の笑みで応えるのが精一杯でした。それで内心「さて、また三線がんばろうかー。」と思うのですが、いやはや、本物のうちなーんちゅになる日は、まだ先だ、などとそんな事があるたびに思います。
さて、いい匂いもするし、お腹も減ったので、会場を回ってメキシカン料理とコロナビールでも味わいましょうか、と出されているブースを見て回りながら、お腹の具合と値段の具合を相談していると、
「*@¥*&$#&ー!!!」
とスペイン語で、いきなり話しかけられ、ぐいぐいっと腕を引っつかまれました。愛想のいい僕は、笑顔をつくったままうんうん、うなづきながら、「わかりませーーん」のジェスチャーで乗り切ろうとしました。
が、その後は、英語だったか日本語だったか忘れちゃいましたが、
「メキシコのどこから来たの?」
(って、いや、ちがう、僕は決してメキシコ出身じゃぁありません。)
「ぜったい、そうでしょー。」
(いや、ちがいますって。友達が向こうでまってるから、じゃーねー。)
と退散してしまいました。アメリカでもそうでしたが、他のうちなーんちゅ同様、見た目からヒスパニックだと誤解される事がよくあります。
そのたびに、三線とおなじく、スペイン語ちゃんと勉強しよう、とハッパをかけられている気分になります。
たぶん、うちなーんちゅは、結構こういう体験をした人が多いのでは、と僕や僕の友人達の経験談などからそう思います。そして、この誤解は、うちなーんちゅの楽天性とあわせて、うれしい誤解として、うちなーんちゅがラテン文化圏の方々をはじめ他の文化の方々と溶け合っていく事のできる一つの大きな要素なんだろうと思います。
この点を伸ばし、活かしていく事は日本の中の沖縄という視点だけでみるよりも、世界の中の沖縄という視点で見た場合に、沖縄の大きなアドバンテージであると思うのです(それに気づいてるからチャンプルー村ですよね)。万国津梁の鐘ではないですが、うまくいろんな文化と手をとりながら熱気むんむんの活気ある街をつくる橋渡しの役割りは、歌って踊りながら、はいさい!と気さくに相手に入り込んでいくうちなーんちゅだからこそ、やっぱりできるんじゃないかなぁ、と静かな古都京都の一角で思うのでした。
shu: プロフィール
両親は離島出身。本人は本島生まれ。
Genographicプロジェクトの遺伝子解析結果によると、
ヒマラヤ山脈東の盆地に近い祖先がいて、東進ルートで
うちなーんちゅとなるに至った。
世界の観光地、沖縄、ハワイを経て現在は京都。


Comments (2)
Posted by nomad | 2007年03月07日 07:41
Posted by shu | 2007年03月09日 16:59