新しいステージへ!
- 沖縄系ブラジル人子弟たちによる琉舞・髪結いの舞台 -
玉城流扇寿会斉藤悟琉舞道場・小波流きからじ結い研究所(斉藤悟主宰)のおさらい会「島想てぃ遊ば」が、ブラジル沖縄県人会館大ホールで、2007年11月25日、午後四時から開催されました。
本番は600人を超える観客がつめかけ、立ち見が出るほどの盛況ぶり。サンパウロの邦字紙やブラジル沖縄県人会の関係者からは、多くの賞賛の言葉をもらい、非常に高い評価を受けています。自分も微力ながらこのおさらい会「島想てぃ遊ば」に参加させていただき、非常に光栄でした。
今日は、このおさらい会「島想てぃ遊ば」に参加した、斉藤悟の友人である一人の日本人留学生の立場から、このおさらい会「島想てぃ遊ば」の思い出を振り返りたいと思います。
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ブラジル・サンパウロ生まれの琉舞の天才、斉藤悟に初めて会ったのは今年2007年の5月でした。僕のサンパウロ留学が始まったばかりのころ、沖縄県人会の琉球民謡コンクールの楽屋で彼に声をかけてもらった時のことをよく覚えています。
サンパウロで知り合った沖縄出身の方と、日本人の方に連れられて楽屋に入り、彼を紹介してもらいました。沖縄への留学から帰ってきたばかりの斉藤悟くん、一見ブラジル人には見えない日本の若者のようなおしゃれな格好をしていたのが鮮明に記憶にあります。
「うちなーんちゅですか?」
この言葉に、一瞬戸惑いながらも、僕は自分の出自について話をしました。彼はここサンパウロでの沖縄文化の大きな担い手であることは前から知っていたので、彼のような人物に出会えたことへの嬉しい気持ちと同時に、沖縄の芸能や文化についてほとんど何も知らなかった自分が、彼に対して少し後ろめたいような、恥ずかしい気持ちもありました。
それから何回か、彼と食事をしたり、彼の家に遊びに行くようになりました。そんなとき、彼からこの「おさらい会」の企画・運営に参加してみないか、との誘いがあり、自分は二つ返事でOKしたのです。
当初この「おさらい会」という言葉からは、本番よりももっとこじんまりした、小さな規模の舞踊公演を想像していたのですが、準備段階でブラジル沖縄県人会側からの大きな期待お要望があり、県人会館の大ホールで開催することになりました。
これは関係者・スタッフや舞踊の生徒さん、そして悟自身にとっても大きなプレッシャーであったと思います。教室を始めて間もない段階で、生徒と共に大きな舞台に立つこと。それは並大抵のことではなかったと思います。しかし、「大きな舞台でやるからには、絶対に成功させたい!」という気持ちが、全員の共通意識として沸き起こってきたのも事実です。とくに後半は、悟や生徒さんたちが中心となって、そんな気持ちを共有しながら、着々と準備を進めていました。
僕は日本語のナレーション、脚本、プログラムの作成、日本語訳のチェックなどに関わっていたのですが、本番直前の数週間はほぼ毎日、悟の家(自宅兼舞踊道場・髪結い研究所になっている)に泊まりっきりで、ずっとプログラムの内容や、舞台の演出を練っていました。
僕たちスタッフは、斉藤悟が沖縄への県費留学時代に見てきたもの、感じてきたもの、そして彼の口から出てくるアイデアやイメージ、そして彼の持つビジョンを、極力再現できるように何度も打ち合わせを重ねました。ブラジルで固定化してきた伝統的なやり方を変え、斬新な演出を考え出そうと、数々の新たな展開を試みようとしました。
沖縄から持ち帰ってきたたくさんのプログラム・ビデオ・DVDを見ながら演出を考え、そして悟がお世話になった沖縄の先生たちから送られてきたメッセージ・激励の言葉を糧に、この公演のプログラムを作りました。
忙しい準備に一喜一憂しながら、何度も徹夜を重ねてやっとできた舞踊の演出、プログラム。直後に迫った本番を夢見ながら、悟の家の小さなソファで雑魚寝をし、最後の仮眠をとりました。
・・・そんな自分たちをずっと支えてきてくれたのは、準備のために家にお邪魔していた時に、いつもいつも優しく接してくれた悟のおば〜、おじ〜、両親、妹さん、そしてご近所の一世のおば〜たちでした。
実は一番僕の印象に残っている時間は、リハーサルや音響の録音の時に、いつも差し入れを準備してくれる一世のおば〜たちに囲まれて、簡単なうちなーぐちを教えてもらったり、ポルトガル語や日本語・うちなーぐちを混ぜながらゆんたくしている時間でした。
そんな心休まる時間や、自分たちを支えてくれる人たちがいなかったら、このおさらい会「島想てぃ遊ば」は実現できなかったでしょう。
実は僕、一人の日本人留学生として、この公演のパンフレットの一部に記事を書かせてもらうことなりまして、そんな感謝の気持ちを「おさらい会について」という文章にまとめ、言葉を寄せました。ある意味、スタッフとしての自分の役割はここでほとんど終わっていたのかも・・・・。
・・・そして、待ちに待った本番。僕は疲れがピークに達していて、実はあまり記憶がありません。苦笑
そして、次に記憶にあるのは、本番終了後の特別出演の先生方、そしてお世話になった悟の御家族への、悟自身からの花束の贈呈の時です。一人一人に花束を渡しながら、アブラッソ(抱擁)していく途中で、悟は感極まって涙を流しました。そのとき、会場は雰囲気は一体になったのを感じました。自分もこの光景をすぐそばから見ていて、強く心を動かされたのを覚えています。
このとき、近年ブラジルでの琉球芸能の隆盛を影で支えてきた、沖縄系の人たちの、「人と人の結びつきの強さ」というものを、本当に強く感じたのです。
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そして、本番終了後。いろいろな人から「ナレーションよかったよ!」と声をかけてもらいました。
留学が始まってから半年間、悟やみんなとコツコツ進めてきた準備が、本当にあっという間に終わってしまって・・・達成感や充実感もあり、放心状態でもあり・・・。
とにかく、一瞬にして「腑抜け」になってしまった自分。笑
もう一度、このおさらい会「島想てぃ遊ば」に託したテーマを載せて、この記事を終わりたいと思います。ここまで読んでくれた皆さん、どうもありがとうございました。
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『島想てぃ遊ば』
沖縄の方言で「島」とは、出身地や生まれ育った地域、故郷(ふるさと)の事。
沖縄とブラジルはこんなにも離れていますが、「島」を愛する気持ちは誰もが同じだと思います。
あなたの故郷にがじゅまるの木はありますか?
あなたの故郷にキレイな海はありますか?
あなたの故郷に大切な人はいますか?
あなたの「島」はどこですか?
・・・それぞれの「島」を思い、歌い、踊り、この時をともに楽しみましょう!



なか:プロフィール
祖父が沖縄・宜野座村、祖母は大宜味、僕は埼玉、所沢生まれのウチナー3世、現在ブラジルに留学中。 名前が三文字なので、よく中国・台湾系?と間違えられる。外国語大学で中国語を勉強していましたが、そこでブラジル音楽にドップリはまり路線変更。中南米うちなーんちゅについて勉強することに。サンパウロに到着後、海外で活躍する客家(ハッカ)とウチナーンチュたちに深く感銘を受ける。ここ3年は浅草カーニバルにも打楽器隊の指揮者や弦楽器の奏者として出場。日本のサンバを応援します◎

