若き日の夢と情熱未だ失せず 沖縄青年隊移住50周年祝う
第二次世界大戦中、唯一地上戦に巻き込まれた沖縄県。当時の戦後救援と若者たちの海外雄飛を目的とし、在伯沖縄協会と沖縄県海外協会が協力しあい、誕生したという沖縄青年隊移民。その沖縄青年隊移民は今年で五十周年を迎える・・・全文 サンパウロ新聞トップ
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第二次世界大戦中、唯一地上戦に巻き込まれた沖縄県。当時の戦後救援と若者たちの海外雄飛を目的とし、在伯沖縄協会と沖縄県海外協会が協力しあい、誕生したという沖縄青年隊移民。その沖縄青年隊移民は今年で五十周年を迎える・・・全文 サンパウロ新聞トップ
マリンガ日系挙げての協力が後押す》
【既報関連】昨年八月に定礎式が行われ、パラナ州マリンガ市とマリンガ文化体育協会(ACEMA)らが進めている移民百周年事業の一つである「パルケ・ド・ジャポン」プロジェクト・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年9月29日
移民史料館運営委員会委員長就任の記者会見に出席していた記者が、「最初はみんな意気込み、いいことを言うんだけど、結局はだめになってしまう。詰まるところ資金なのでしょうね」と呟いた。記者は様々な記者会見や取材を通じ、この体験をしてきた。日系コロニアの活性化を願う記者たちは期待を持ち、エールを送ってきた。しかし、そのほとんどが裏切られてきた。「金がすべて」の世の中とは考えたくないが、金がなくては何もできない。ここは、日本の元企業戦士の辣腕に大きな期待をしたい・・・全文 サンパウロ新聞トップ
《短・中・長期の三本立て計画発表》
今年五月のブラジル日本文化福祉協会会長選挙終了後、空席になっていたブラジル日本移民史料館運営委員長が、同協会会長補佐の栗原猛氏(六十五歳)に決まった。二十六日に開かれた同協会常任理事会の席上承認され、二十七日午後、文協ビル内で記者会見を行った・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年9月29日
《グアルーリョス文連 国際空港に建立計画推進》
「ブラジル日本移民百周年を記念して、自分や家族の名前を、空の玄関グアルーリョス国際空港の記念碑に刻みませんか」—。グアルーリョス文化体育連合(UCEG、ムクノ・フェルナンド会長)が、グアルーリョス国際空港敷地内に建設を進めている「ブラジル日本移民百周年記念モニュメント」建設費用への一般寄付の募集が、二十七日始まった・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月4日
《各界中堅で躍進の核に》
《沖縄青年隊喜びの記念式典》第二次世界大戦中、世界で最もまれに見る悲惨な地上戦を繰り広げたとされる沖縄県。戦後、荒廃した青年たちの将来のために、沖縄青年連合会の瑞慶覧長仁初代会長(故人)が各市町村や海外協会、当時の琉球政府に働きかけ、誕生した沖縄産業開発青年協会。その第一次青年隊が一九五七年四月十一日に着伯し、今年で五十周年を迎えた。九月三十日、在伯沖縄青年協会(宮平守雄会長)主催のブラジル沖縄青年隊移民五十周年記念祭典が、ジアデーマの沖縄文化センターで開かれ、半世紀の節目の年を祝った・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月4日
《赤嶺礎乃子さん資料収集に母県行脚》
琉球新報によると、二〇〇八年のブラジル移民百周年に向け、笠戸丸で渡った第一回移民三百二十五人の沖縄県人の名を刻む記念塔の建立計画をブラジル沖縄県人会が進めている。その記念塔に正確な名前を刻もうと、ブラジルサンパウロから来沖し、資料探しに当たっている一世の赤嶺礎乃子さん(六六歳、同県西原町出身)・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月4日付け
ブラジル人の空手家フラビオ・ビセンテ・デ・ソウザさん(34)は聖市東部にあるビラ・カロン区でスポーツジムの一室を借りて沖縄空手の道場を開いている。沖縄少林流空手道沖縄古武道五段の免許を持ち、沖縄古武道神武会ブラジル支部の支部長を務め、小林流義昭道場で約九十人の門下生に古武道と空手を指導。沖縄県系人の間では「フラビオ先生」の愛称で親しまれている。昨年沖縄で開かれた第四回世界のウチナーンチュ大会にも参加。十一月十一日には沖縄県人会で第一回目の演武会を開催する。消防士という仕事のかたわら、週末には各地で空手古武道のデモンストレーションを披露するなど多忙な毎日を送るフラビオさん。沖縄に対する熱い思いの一端を聞いてみた。全文 ニッケイ新聞トップ
2007年10月8日
《内気な宮崎県民に『活力』》
《魅せられた黒木久美子さん熱ある指導》
【宮崎発・吉永拓哉福岡支局長】ブラジルを代表するダンスといえばサンバやフォローなどが有名だが、二〇〇〇年頃からバイレ・ファンキというブラジル発祥の若者向けのダンスが世界中に広まっている。日本でもここ数年前にバイレ・ファンキが輸入されたことを機にブラジル音楽ファンの間で流行。ブラジル人が非常に少ない宮崎市では「バイレ・ファンキを通じてシャイな宮崎県民を活気付けたい」と一人の若い女性がバイレ・ファンキの普及に励んでいる・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月10日
一九〇八年六月十八日、沖縄県人三百二十五人が、笠戸丸で来伯した。着伯から九十九年の月日が過ぎ、現在ブラジルには約十四万から十五万人の沖縄県系人がいるとされている。その「沖縄のシマ(集落)社会と青年会活動」をテーマとし、研究を行っている山城千秋熊本大学准教授が二十四日に着伯。県人会を中心に、県人へ各市町村や字ごとに青年会や郷友会活動などのアンケートを取りながら、調査を行っている・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月10日
《本番の成功に向けて》
来年六月と目前に迫った日本移民百周年記念式典。
二日、来年六月十五日の芸能祭へ参加する池芝流や花柳流、藤間流、琉球国祭り太鼓らの各代表を集めた舞台視察ツアーが聖市アニェンビーのグランデ・アウヂトーリオ・セルソ・フルタード劇場で行われた・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月10日
【一部既報】第三回ブラジル日本移民史料館会議が、十九日(午前十時から午後六時)、二十日(午前九時から正午)の二日間にわたってサンパウロ総領事館分室事務所(パウリスタ通り三七番一階)会議室で開かれる。ブラジル日本移民史料館では、各地域史料館および相当施設関係者の出席を呼びかけている・・・全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月10日
《先人の遺徳偲んでミサと式典 カンポ・グランデ沖縄県人会万感の創立85周年を祝う》
沖縄県人会(与儀昭雄会長)は、一九二六年に創立された「球陽協会」が礎となって設立され、今日に至る。その球陽協会設立以前の一九二二年に創立されたカンポ・グランデ県人会支部(玉城ジョージ支部長)が今年で創立八十五年の節目を迎えた。これを記念し、七日、同支部会館で記念式典が行われた。(カンポ・グランデ=上間優年記者)全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月11日付
《ブラジルを知る会史料館が知るかいでは困る!》
ブラジルを知る会(清水裕美代表)は、九月二十九、三十日の両日、文協新館展示室で開催された第一回移民史料館支援ブックフェアの売上金の授与式を五日文協で行った。式で清水さんが、「今回は、疲労感だけで達成感はない。史料館の協力がもらえず、いっしょにできなかったことが残念」と不満を漏らした。全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月11日付
《ブラジルを知る会史料館が知るかいでは困る!》
ブラジルを知る会(清水裕美代表)は、九月二十九、三十日の両日、文協新館展示室で開催された第一回移民史料館支援ブックフェアの売上金の授与式を五日文協で行った。式で清水さんが、「今回は、疲労感だけで達成感はない。史料館の協力がもらえず、いっしょにできなかったことが残念」と不満を漏らした。全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月11日付
《ブラジルを知る会史料館が知るかいでは困る!》
ブラジルを知る会(清水裕美代表)は、九月二十九、三十日の両日、文協新館展示室で開催された第一回移民史料館支援ブックフェアの売上金の授与式を五日文協で行った。式で清水さんが、「今回は、疲労感だけで達成感はない。史料館の協力がもらえず、いっしょにできなかったことが残念」と不満を漏らした。全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月12日付
《赤嶺さん資料収集に協力呼びかけ》
【一部既報】「今動かなければ、永久に誤った記録が正史として残る」。第一回「笠戸丸」移民七百八十一人中、沖縄県出身者が全体の四八・一%の三百二十五人を占めるが、沖縄県県西原出身で聖市の日本語教師、赤嶺礎乃子さん(六六)が、笠戸丸移民の氏名や年齢の記述が資料によって異なっていることから、正確な記録を残そうと資料探しに奔走している(三日付本紙社会面既報)全文 サンパウロ新聞トップ