2007年10月12日付
《赤嶺さん資料収集に協力呼びかけ》
【一部既報】「今動かなければ、永久に誤った記録が正史として残る」。第一回「笠戸丸」移民七百八十一人中、沖縄県出身者が全体の四八・一%の三百二十五人を占めるが、沖縄県県西原出身で聖市の日本語教師、赤嶺礎乃子さん(六六)が、笠戸丸移民の氏名や年齢の記述が資料によって異なっていることから、正確な記録を残そうと資料探しに奔走している(三日付本紙社会面既報)全文 サンパウロ新聞トップ
2007年10月12日付
《赤嶺さん資料収集に協力呼びかけ》
【一部既報】「今動かなければ、永久に誤った記録が正史として残る」。第一回「笠戸丸」移民七百八十一人中、沖縄県出身者が全体の四八・一%の三百二十五人を占めるが、沖縄県県西原出身で聖市の日本語教師、赤嶺礎乃子さん(六六)が、笠戸丸移民の氏名や年齢の記述が資料によって異なっていることから、正確な記録を残そうと資料探しに奔走している(三日付本紙社会面既報)全文 サンパウロ新聞トップ